大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成11年(ワ)3134号 判決 1999年12月21日

原告

デマート・プロ・アルト ベー・ヴィ

右代表者

【A】

【B】

右訴訟代理人弁護士

佐藤雅巳

被告

株式会社ヨシダ興業

右代表者代表取締役

【C】

右訴訟代理人弁護士

谷村和治

浅野芳朗

主文

一  被告は、別紙物件目録(一)記載の時計及び時計を収納した別紙物件目録(二)記載の容器を譲渡し、引き渡し、譲渡又は引渡しのために展示してはならない。

二  被告は、別紙物件目録(一)記載の時計及び別紙物件目録(二)記載の容器を廃棄せよ。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告は、別紙物件目録(一)記載の時計及び別紙物件目録(二)記載の容器を輸入し、譲渡し、引き渡し、譲渡又は引渡しのために展示してはならない。

二  被告は、別紙物件目録(一)記載の時計及び別紙物件目録(二)記載の容器を廃棄せよ。

第二  事案の概要

本件は、別紙商標目録(一)及び(二)記載の商標について商標権を有する原告が、被告に対し、被告が右商標と同一又は類似する標章を付した時計及びその容器を輸入するなどして、原告の商標権を侵害しようとしていると主張して、その差止め等を求めている事案である。

一  争いのない事実等

1  原告は次の商標権(以下、(一)記載の商標権を「本件商標権(一)」といい、(二)記載の商標権を「本件商標権(二)」といい、これらの登録商標をそれぞれ「本件商標(一)」、「本件商標(二)」という。また、本件商標(一)と同(二)をまとめて「本件商標」という。)を有している。

(一) 出願日  平成八年二月一三日

登録日  平成九年八月二九日

登録番号  第四〇四九二四〇号

商品及び役務の区分  第一四類

指定商品  時計

商標  別紙商標目録(一)記載のとおり

(二) 出願日  平成八年六月一一日

登録日  平成九年一二月五日

登録番号  第四〇八八三六八号

商品及び役務の区分  第一四類

指定商品  時計

商標  別紙商標目録(二)記載のとおり

2  被告は、平成五年七月ころから同七年一二月ころまでの間、スイスのエグゼコ社から、別紙物件目録(二)記載の容器(以下「本件容器」という。)に入った別紙物件目録(一)記載の時計(以下「本件時計」という。)を輸入し、日本国内において販売していた(乙八、一一、一二、乙一四の一ないし二〇四、乙一八)。

3  本件時計には別紙標章目録(一)記載の標章(以下「本件標章(一)」という。)が付されている。

4  本件容器には本件標章(一)又は別紙標章目録(二)記載の標章(以下「本件標章(二)」といい、本件標章(一)と同(二)をまとめて「本件標章」という。)が付されている。

5  本件標章(二)は本件商標(一)と同一であり、本件標章(一)は本件商標(一)の一部である。

6  原告は、本件商標(二)と同じ商標について、平成四年九月三〇日、商標登録第二四五五四九〇号として登録を受けた(以下、この商標登録を「第二四五五四九〇号登録」という。)。第二四五五四九〇号登録については、平成八年八月二二日に、不使用を理由として、登録を取消す旨の審決がされ、原告は、右審決につき審決取消訴訟を提起した。

二  争点及びそれについての当事者の主張

1  本件標章(一)が本件商標(一)と類似するかどうか、本件標章が本件商標(二)と類似するかどうか

(原告の主張)

本件商標(一)は、欧文筆記体「Salvador」と「Dali」からなるが、「Salvador Dali」は、我が国はもとより世界的に著名なスペインの画家である故【D】の氏名である。「Dali」はその姓であり、【D】はその姓【D】によって知られるから、「Dali」は「Salvador Dali」の略称として周知である。

したがって、本件商標(一)の要部は、「Dali」である。

本件標章(一)は、本件商標(一)の要部「Dali」と同一であるから、本件商標(一)と類似し、本件商標(一)は本件商標(二)の要部であるから、本件標章は、いずれも本件商標(二)と類似する。

(被告の主張)

原告の右主張は争う。

本件商標(二)の要部は、欧文活字体の「DEMART」の後ろに拡大された大文字の欧文活字体「D」に折れ曲がった時計を掛けた部分であり、その下に付された判読困難な欧字筆記体の署名は、一般にデマート社の代表者か図案者の署名程度にしか理解されないものであるから、本件標章は、いずれも本件商標(二)と類似しない。

2  被告が本件時計及び本件容器を輸入し、譲渡し、引き渡し、譲渡又は引渡しのために展示しようとしているかどうか

(原告の主張)

被告は、現在でも、本件時計及び本件容器の在庫を保管中であり、本訴で原告の請求を争っているのであるから、被告には、本件時計及び本件容器を輸入、譲渡、引き渡し、譲渡又は引渡しのための展示をするおそれがある。

(被告の主張)

被告が本件時計及び本件容器を最後に輸入したのは、平成七年一二月であり、その後エグゼコ社は倒産した。被告は、原告から本件標章の使用について警告を受けた同八年一月以降、混乱を避けるために、本件時計及び本件容器の販売を中止し、販売先からも返品を受けた。したがって、現在被告が本件時計及び本件容器を輸入、譲渡、引渡し、展示しようとしている事実はない。

3  被告に先使用権が成立するかどうか

(被告の主張)

被告は、本件標章の付されていない変形の時計を、エグゼコ社から輸入して、「Softwatch」の名称で販売していたところ、平成五年夏ころ、エグゼコ社から、「【D】氏が死亡し、相続人不在でその知的財産権一切がスペイン政府に帰属し、国王の法令で文化省にその管理委託のため設立されたダリ財団に権利が譲渡され、エグゼコ社はダリ財団から許可を得て【D】の署名を使用することができるようになった。」との話があり、その後、同年七月ころ以降に被告が同社から輸入した時計及び容器には、本件標章が付されるようになった。

被告は、同七年一二月までの間に、本件時計及び本件容器を六七九〇個輸入しており、これを株式会社アクロス(以下「アクロス」という。)や三越、高島屋、伊勢丹、名鉄、マルイ等の日本国内の百貨店等を通じて、販売した。

したがって、被告は、本件商標登録出願前から、不正競争の目的なく、本件標章を使用しており、本件標章は、本件商標登録出願時には、被告の標章として周知であった。

(原告の主張)

被告は平成七年一二月に本件時計及び本件容器の輸入を中止し、同八年一月には本件時計及び本件容器の販売を中止した。したがって、被告は、本件商標登録出願時に本件標章を使用していなかったのであるから、先使用の要件である「出願前からの使用」の要件を充たしていない。

先使用にいう「使用」とは、自己の商標としての使用でなければならないところ、被告は、本件時計及び本件容器を輸入して販売していたにすぎず、被告には右にいう「使用」は認められない。

原告は、被告が本件時計及び本件容器の輸入、販売を開始する以前から、第二四五五四九〇号登録を有しており、本件標章は、同登録に係る商標と類似するから、被告による本件時計及び本件容器の輸入、販売には、「不正競争の目的」が存する。

被告の主張によっても、本件時計及び本件容器の輸入数量は合計で六七九〇個にすぎず、販売数量はこれを下回るのであるから、本件商標登録出願時に本件標章が周知性を獲得していたということはない。

4  権利の濫用であるか

(被告の主張)

原告は、第二四五五四九〇号登録を有しているところ、本件時計及び本件容器の輸入販売等が右登録に係る商標権を侵害するとして、被告外一名に対して、横浜地方裁判所に、差止め及び損害賠償を求める訴訟を提起したが、この商標登録については、登録を取り消す旨の審決がされた。それにもかかわらず、原告が、本件商標権を行使することは、権利の濫用であって、許されない。

(原告の主張)

被告の右主張を争う。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

1  本件商標(一)の「Dali」の部分は、独特の書体をもって記述されていること、本件標章(一)は、本件商標(一)のうちの「Dali」の部分と、右の独特の書体を含めて同一であることからすると、本件標章(一)は本件商標(一)に類似する。

2  次に、本件商標(二)と本件標章が類似するかどうかについて判断する。

(一) 証拠(甲二、乙一五)と弁論の全趣旨によると、本件商標(二)は、「D」を大型の活字体で表示し、その上辺に【D】の作品である「記憶と持続性の分解」に描かれた「やわらかい時計」を配し、右図案の左側に活字体で「DEMART」と記載するとともに、右図案の下側に独特の書体で「Salvador Dali」と記載したものであることが認められる。

(二) 右(一)で認定した事実によると、次のようにいうことができる。

本件商標(二)のうち、「D」の上辺に変形した時計が掛かっている部分は、「ディー」の称呼を生じ、大きさからいっても、最も需要者の注目を引く部分であると考えられる。

「DEMART」の部分は、活字体であるため比較的判読しやすく、「デマート」の称呼を生じるものと認められる。

「Salvador Dali」の部分は、独特の書体であり、判読が困難であるため、必ずしも特定の称呼及び観念を生じるということはできない。

(三) 本件標章(一)は、本件商標(二)中の「Dali」の部分と同一の書体による「Dali」であり、本件標章(二)は、本件商標(二)中の「Salvador Dali」の部分と同一の書体による「Salvador Dali」であるが、右のとおり、本件商標(二)で最も需要者の注目を引くところは、「D」の部分であること、「DEMART」の部分が特定の称呼を生じること、これに対して、「Salvador Dali」の部分は、必ずしも特定の称呼及び観念を生じないことからすると、右のとおり書体が同一であることを考慮しても、本件標章が本件商標(二)と類似するとまでいうことはできない。

二  争点2について

1  前記第二の一の事実に、証拠(甲一一、一二、一八、一九、乙一一、一二、乙一四の一ないし二〇四、乙一六の三、四、乙一七、一八)及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

(一) 被告は、平成四年夏ころから、スイスのエグゼコ社から輸入した時計を、「Softwatch」の名称で、日本国内において販売していた。

(二) 被告は、平成五年初夏にエグゼコ社から「【D】氏の死去に伴い遺産がスペイン政府に帰属し、国王の法令でダリ財団に管理が委され、エグゼコ社はダリ財団の許可を得て【D】氏の署名をSoftwatchに使用できるようになった。」との連絡を受けた。被告は、同年七月以降は、本件容器に入った本件時計を、エグゼコ社から輸入するようになった。

(三) 平成八年一月ころ、原告から被告に対し、本件時計の輸入販売が第二四五五四九〇号登録に係る商標権を侵害する旨の警告書が送付されてきたので、被告は、小売店や顧客の混乱を避けるために、同月以降における本件容器に入った本件時計の輸入を見合わせた。その後、被告は、日本国内における本件容器に入った本件時計の販売を中止し、小売店から在庫品の返品を受けた。

(四) 被告は、右のとおり販売を中止するまで、本件容器に入った本件時計を、アクロス等に販売し、これらは、日本全国の百貨店等の小売店において販売されていた。本件時計の小売価格は、一個一万四〇〇〇円から一万八〇〇〇円程度のものであった。

(五) 被告が本件容器に入った本件時計の輸入を見合わせた後にエグゼコ社が倒産したため、被告は、新たに本件時計及び本件容器の輸入をする意思はない。被告が返品を受けた在庫品については、被告において管理しているが、これらを廃棄せず、被告の従業員や関係者に無償で譲渡することを考えている。

2  右1で認定した事実によると、被告が、今後、本件時計及び本件容器を輸入するおそれがあるとは認められないが、被告は、本件時計及び時計を収納した本件容器を、譲渡し、引き渡し、譲渡又は引渡しのために展示するおそれがあると認められる。

三  争点3について

1  証拠(乙一一)によると、被告は、平成五年七月から平成七年一二月までの間に、本件容器に入った本件時計を六七九〇個輸入したこと、被告は、平成九年三月二八日現在で、一二八三個の本件容器に入った本件時計の在庫を有していること、以上の事実が認められる。以上の事実によると、被告は、本件時計及び本件容器を、三〇か月間に六七九〇個輸入し、そのうち約五五〇〇個を販売したもので、一か月当たりの販売個数は、約一八〇個であると認められる。そして、以上の事実に、右二1(四)認定のとおり、販売が日本全国において行われていたことや同認定に係る本件時計の価格を総合すると、その販売個数は少ないといわざるを得ない。

証拠(乙二〇)によると、平成六年ころに本件時計が雑誌に紹介されたことがあると認められるが、他に本件時計及び本件容器が雑誌等で紹介されたことを認めるに足りる証拠はなく、本件時計及び本件容器について広告宣伝がされたことを認めるに足りる証拠もない(なお、乙一九に掲載されている時計には本件標章が付されていないから、本件時計ではなく、乙一五に掲載されている時計にも本件標章が付されていないから、本件時計ではない。)。

そして、他に、本件標章が被告の商標として周知であったことを認めるに足りる証拠はない。

そうすると、本件商標登録出願時に本件標章が被告の商標として周知であったとまでは認められない。

2  したがって、その余の点について判断するまでもなく、被告の先使用権の主張は理由がない。

四  争点4について

原告が、本件時計及び本件容器の輸入販売等は、第二四五五四九〇号登録に係る商標権を侵害するとして、被告外一名に対して、横浜地方裁判所に、差止め及び損害賠償を求める訴訟を提起し、この商標登録について、登録を取り消す旨の審決がされたからといって、第二四五五四九〇号登録に係る商標権と本件商標権は、別個の商標権であるから、本件商標権の行使が妨げられる理由はない。そして、他に、本件商標権の行使が権利の濫用であるというべき事情は認められない。

五  以上の次第で、原告の請求は、本件時計及び時計を収納した本件容器を譲渡し、引き渡し、譲渡又は引渡しのために展示することの差止め、本件時計及び本件容器を廃棄を求める限度で理由があるから、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 森義之 裁判官 榎戸道也 裁判官 杜下弘記)

<省略>

<省略>

<省略>

<省略>

<省略>

<省略>

<省略>

<省略>

<省略>

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例